スティーヴ・ウィンウッド公式録音記録:関連ミュージシャン

Eric Clapton

Birth Name : Eric Patrick Clapton

Born : 30 Mar. 1945 (Ripley, Surrey, England)

Related Works
01. What’s Shakin’
Eric Clapton & The Powerhouse (1966)
02. Blind Faith
Blind Faith (1969)
03. Eric Clapton’s Rainbow Concert
Eric Clapton And The Palpitations (1973)
04. The ARMS Concert
Various Artists (1983)
05. Back Home
Eric Clapton (2005)
06. Crossroads Guitar Festival 2007
Various Artists (2007)
07. Nine Lives
Steve Winwood (2008)
08. Live From Madison Square Garden
Eric Clapton & Steve Winwood (2009)
09. Crossroads Guitar Festival 2010
Various Artists (2010)
10. Old Sock
Eric Clapton (2013)
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エリック・クラプトン

英国サリー州リプリー出身。13歳からアコースティックギターを弾き始め、初のバンドであるザ・ルースターズでエレクトリックギターを入手、1963年10月にキース・レルフの誘いでザ・ヤードバーズに加入した。64年にバンドはジョルジオ・ゴメルスキーとマネイジメント契約を交わし、アルバム Five Live Yardbirds でメジャーデビューを果たした。65年のシングル For Your Love が初のヒットを記録し、エリック・クラプトンはスローハンドというニックネームで注目を集めたが、バンドがポップ路線へ向かったことから脱退、同年ジョン・メイオールの誘いを受けてザ・ブルーズブレイカーズに加わった。66年にはジンジャー・ベイカー、ジャック・ブルースとクリームを結成し不動の人気を獲得、69年にはスティーヴ・ウィンウッドらとブラインド・フェイスを結成、70年には初ソロアルバム Eric Clapton や、デレク&ザ・ドミノズの Layla And Other Assorted Love Songs などの名作を発表している。その後はドラッグによる活動休止期間もあったが、主にソロミュージシャンとしてアルバム制作やライヴツアー、自らが設立した麻薬更生施設クロスロード・センターの運営など、現在に至るまで精力的な活動を続けている。

スティーヴ・ウィンウッドとは若い頃から親しく交流していた。オフィシャルな共演としては、66年のエリック・クラプトン&ザ・パワーハウス、69年のブラインド・フェイス、73年のレインボーコンサート、83年のARMSコンサートなどがよく知られている。さらに2007年から両者は再びステージを共にするようになり、クラプトン主催のクロスロード・フェスティヴァルや、08年のマディソン・スクエア・ガーデンにおけるジョイント・コンサートで、ブラインド・フェイスのナンバーなどを再演している。さらにその翌年からは合同ツアーを実施し11年には来日も果たした。

Ginger Baker

Birth Name : Peter Edward Baker

Born : 19 Aug. 1939 (Lewisham, South London, England)

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ジンジャー・ベイカー

ジンジャー・ベイカーはロンドンのルイシャムで誕生。本名はピーター・エドワード・ベイカーで、ジンジャーのニックネームは彼の赤茶色の髪に由来している。ジャズバンドのドラマーとして50年代から活動、その後アレクシス・コーナーのブルーズ・インコーポレイテッドを経て、グレアム・ボンド・オーガナイゼイションを結成した。1966年にはエリック・クラプトン、ジャック・ブルースとクリームを結成、バンドは圧倒的な人気を獲得した。ベイカーはロック史上における初のスーパースター的存在のドラマーとして活躍し、迫力ある自由奔放なドラミングスタイルは、ロックドラマーたちに多大な影響を与えた。クリーム解散後はブラインド・フェイス、エア・フォースを経て、アフリカ音楽に専念するためナイジェリアに渡り、ラゴスに西アフリカ初の最新式レコーディング施設ARCスタジオを建築し、72年に初のソロアルバム Stratavarious やフェラ・ランサム・クティとの共演盤などを制作した。74年には、ポール&エイドリアン・ガーヴィッツ兄弟とベイカー・ガーヴィッツ・アーミーバンドを結成、シンプルなロックサウンドに回帰し3枚のアルバムをリリースした。その後ホークウィンドでの活動を経て、87年には4人のアフリカ人パーカッショニストとドイツのジャズ・ミュージシャンを起用し、アフリカ音楽と西洋音楽を融合させた力作ライヴ盤 African Force を発表した。90年代に入るとヨナス・エルボーグ、ヤンス・ヨハンスンと組み、アコースティック楽器によるインストルメンタル盤 Unseen Rain を制作、ビル・フリーデン、チャーリー・ヘイデンを起用しジャズロック路線を追究した Going Back Home、ジャズトランペッターのロン・マイルズとの共演盤 Coward Of The Country などをリリースしている。

Ric Grech

Birth Name : Richard Roman Grech

Born : 1 Nov. 1946 (Bordeaux, France)

Died : 17 Mar. 1990 (Leicester, England)

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リック・グレッチ

フランス・ボルドー出身のウクライナ系英国人。1965年にファミリーの前身ファリナスのメンバーとしてプロデビュー。ファミリーでは初期2枚のアルバムでベースとヴァイオリンを担当している。その後ブラインド・フェイスを経て、70年8月からトラフィックに加入し71年末まで在籍した。70年代中頃にはマイク・ブルームフィールド、レイ・ケネディとKGBを結成するが、ドラッグ中毒の影響などもあり大きな成功を収めることはなかった。73年にソロ名義で携わった曲をまとめた編集盤 The Last Five Years をリリースした。音楽業界から身を引いた後、英国レスターでカーペット販売業を営んだが、肝臓疾患と脳内出血のために90年に43歳でこの世を去った。

Jim Gordon

Birth Name : James Beck Gordon

Born : 14, Jul.1945 (Raised in San Fernando Valley, Los Angeles, US)

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ジム・ゴードン

ロサンゼルス出身のセッションドラマーで、60~70年代におけるロックの主要作に多数参加している。60年代末にデラニー&ボニーのバンドに加入、1970年にエリック・クラプトンの初ソロアルバムへの参加を経て、デレク&ザ・ドミノズのメンバーとなる。ドミノズではクラプトンと共に Layla の共作者としてクレジットされている。71年にはジョン・レノンのアルバム Imagine のレコーディングに参加、トラフィックには5月に加入し年末まで在籍している。しかしそんな活躍の一方でゴードンは極度の精神分裂症を患っており、結婚と離婚を繰り返しドラッグ中毒にも陥っていた。その影響から83年には実の母を殺害、翌年第2級殺人罪として懲役16年の実刑判決を受けている。

Remi Kabaka

Born : Nigeria

Loughty Abdul Lasisi Amao

Born : Nigeria/ Died : 1988

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レミ・カバカ & ラフティ・アマオ

写真の左側がレミ・カバカ、右側がラフティ・アマオ。二人は共にナイジェリア出身で、レミ・カバカとスティーヴはエア・フォースが初共演と思われる。パーカッショニストでマルチプレイヤーのカバカは、サード・ワールドの直後にナイジェリアのラゴスで、ポール・マッカートニーの Band On The Run のレコーディングに参加、80年代には同じくラゴスでフェラ・ランサム・クティとジャムセッションを行っている。またポール・サイモンの1990年作 The Rhythm Of The Saints にも参加している。サックス奏者でパーカッショニストのラフティ・アブドゥル・ラシシ・アマオは、69年にテディ・オセイを中心にロンドンで結成されたアフロポップ・バンド、オシビサの初期メンバーだった。サード・ワールドの後は、74年にアフロジャズ・バンドのジーブラを結成し2枚のアルバムを残している。アマオは88年に隣人との諍いの末に射殺された。

Stomu Yamashta

Birth Name : Yamashita Tsutomu

Born : 15 Mar. 1947 (Kyoto, Japan)

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ツトム・ヤマシタ

パーカッショニストで作曲家のツトム・ヤマシタ(山下勉)は京都市にて誕生。幼少の頃から音楽的才能を発揮し17歳で渡米、クラシックやジャズなどを学びながら打楽器奏者としても活躍し、米タイム紙に「打楽器のイメージを変えた人」と評された。その後シカゴ交響楽団やベルリンフィルなどの著名なオーケストラとの共演、武満徹とのコラボレイションによる打楽器のための作品の創作などにより、若くして巨匠の地位を築き上げた。1972年には演劇と音楽を融合した芸術団体レッド・ブッダ・シアターを組織して、舞台音楽作品 The Man From The East を発表。またデヴィッド・ボウイ主演映画 The Man Who Fell To Earth のサントラをはじめ、映画音楽の作曲も数多く手掛けている。そんなヤマシタの才能がロックと見事に結実したのが、76年にスティーヴ・ウィンウッド、マイケル・シュリーヴ、クラウス・シュルツェらと組んだユニット。彼らと共にGOというコンセプトのもとロック・クラシカル風の名作3枚をリリースしている。80年代以降は佐藤純弥監督映画「空海」のサントラ盤や、GOで共演したポール・バックマスターがアレンジを担当した秀作アルバム Sea And Sky、石の楽器サヌカイトによる音楽や仏教音楽の探究、音禅法要(On Zen)など、現在でも精力的かつ幅広い音楽活動を続けている。

Muscle Shoals Rhythm Section

David Hood, Roger Hawkins, Barry Beckett (Related Members)

Formed : 1969 (Muscle Shoals Sound Studios, Sheffield, AL, USA)

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マッスル・ショールズ・リズムセクション

ロジャー・ホーキンズ、デヴィッド・フッド、バリー・ベケットは、米国アラバマ州にあるレコーディング・スタジオのセッション・ミュージシャン。同州フローレンスのマッスル・ショールズに、リック・ホールらが設立したFAMEスタジオのリズムセクションとして雇われ、60年代にウィルソン・ピケット、パーシー・スレッジ、エッタ・ジェイムズらのレコーディングに携わった。1969年にギタリストのジミー・ジョンスンを含む4名がFAMEスタジオを離れて独立、隣接する町シェフィールドにマッスル・ショールズ・サウンド・スタジオを設立した。セッション・ミュージシャンが録音スタジオを運営するというスタイルは珍しい試みだったが、設立当初から南部アメリカンサウンドのスポットとして注目され、69~70年代にかけて、ザ・ローリング・ストーンズ、ボズ・スキャグス、ポール・サイモン、ボブ・シーガー、ボブ・ディラン等、数多くのロックミュージシャンが同スタジオを利用した。彼らにはザ・スワンパーズというニックネームがある。リック・ホールとマッスル・ショールズを紹介した、2014年公開の映画「黄金のメロディ・マッスルショールズ」には、スティーヴ・ウィンウッドも登場する。

トラフィックに参加することになった経緯は、71年12月にジム・カパルディが初ソロアルバムのリズムセクションに、マッスル・ショールズのメンバーを起用したのがきっかけだった。互いに意気投合したようで、同時期にトラフィックのリズムセクションが空席だったこともあり、ジムがトラフィックに参加するよう誘ったという。